キリストを信じることの真実4

前回のブログで、救いについて学びました。

救いとは、心で信じて口でイエスを主と告白することです。

そして、パウロは第一コリントの手紙でも人がどのようにして救われるかということを述べていますので、その箇所を見てみましょう。

福音には特定の事実が含まれます。

  • キリストが私たちの罪のために死なれたこと
  • 葬られたこと
  • 聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと

この3つが福音に含まれている事実です。

この事実が宣べ伝えられ、それを聞いた人が信じた時、その人は救われます。

この事実を含まない福音は、イエス・キリストの福音とは言えません。

もし宣べ伝えられているのが、イエス・キリストの福音なのだとしたら、キリストの犠牲のわざについて語られるべきであり、その犠牲のゆえに人が何を受け取ることができるかが語られるべきです。

それが、キリスト教会が伝えるメッセージです。

キリストの復活は、信じる者の信仰の基盤です。

私たちクリスチャンが主張する全てことの基礎となる部分です。

福音を宣べ伝えるというのは、神の力を宣べ伝えるということ。

そして、神の力というのは、いつも人々の注目を集める壮観な出来事とは限りません。

それは、霊的な出来事だからです。

ローマ人への手紙1章16節で、パウロは言っています。

つまり、福音以外では神の力は働かないということです。

神様の人を救う力は人間の努力で得るものではありません。

罪の告白をしたからといって現れるものでもありません。

イエス・キリストのあがないのわざが語られるところに、神様の力は表れるのです。

使徒の働き16:30で看守はパウロとシラスにとても重要な質問をしています。

その質問には、全てのクリスチャンがいつも答えを持っているべきですね。

その質問とは、「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか」です。

この看守は、パウロとシラスが地震が起こり、驚くべき方法で監獄から逃れたあと、2人を外に出してこう尋ねたのです。

31節には2人の応答が記されています。

ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言った。

誰も、「神様に過去の失敗を告白しなさい」とは言いませんでした。

「過去の間違いに罪意識を感じているなら泣いて謝罪するべきだ」とも。

答えはとてもシンプルなものでしたね。

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」

また、使徒の働き8:5~6では、ピリポがサマリヤへ行き、キリストを宣べ伝えたことが記されています。

ピリポはサマリヤへ行き、キリストを宣べ伝えました。

そしてそれを聞いた人々は救われたのです。

イエス・キリストの福音を抜きにして救いはありません。

人が救われるために聞く必要があるのは、福音のみです。

そこには誰かの夢や幻が含まれていなくてもよいのです。

救いが起こったその日に、神様がキリスト・イエスにおいて成し遂げられた全てのことを受け取る者となるのです。

キリストのあがないのわざにどんな行いを加える必要もなく、ただ信じるだけでいいのです!

宣言のことば

わたしは、イエス・キリストが私の罪のために死なれ、埋葬され、死からよみがえられたことを信じます。私は救われました。死からいのちに移っています。私に、永遠のいのちが与えられました。

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